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他人を理解しようとする力

category - ふと思った事
2017/ 10/ 05
                 
2017年1月~3月期に、当ブログでも紹介している「アドラー心理学」を扱ったフジテレビのドラマ、「嫌われる勇気」が放送されていました。

主演の香里奈さんが刑事で、生まれながらにしてアドラー心理学を体得した性格の持ち主という設定で、

事件が起こると一人で現場に向かい、空気も読まずにズケズケと失礼な事を言ったり、破天荒な行動を取ったりするけれど、なぜか結果的に事件は円満解決に向かっていくという感じの内容でした。

私も前半だけ見ていましたが、あまりにも傍若無人な刑事のふるまいに違和感を感じていたところ、

2017年2月に日本アドラー心理学会という学会がフジテレビに対して正式に抗議するという出来事が起こりました。

アドラー心理学に精通する専門家の方々も私と同じように違和感を感じていたのであろうと思います。
            

一方でドラマの内容に対して抗議するというアクションもアドラー心理学的ではないなとも思いました。

変わらない現状を嘆かず、他人の課題にむやみに立ち入らない、周りがどうであろうと自分の正しいと思う行うを粛々と進めていくのがアドラー心理学でのスタンスだからです。

しかしだからと言って何も言わなければテレビの多大な影響力でアドラー心理学が誤解されたまま伝わっていくかもしれないのを、学会としては黙ってみていられなかったであろうとも思いました。

だから講義をするのではなく、自らの学会で声明を出すにとどめておけば良かったのかもしれないと私は思いました。


改めて考え直してみますが、「嫌われる勇気」というのは、

「相手の嫌がる行為でも自分がやりたければ気にせずやっていくべき」という意味ではありません。

基本的な考え方に「他者貢献」があります。いかに自分がやりたいからと言って相手が嫌がる行為を自ら行うというのはアドラーの望む所ではないのです。

自分がやりたいからと言って何でもかんでもやってしまって他人から拒絶されるのは嫌われる勇気というよりも「憎まれる勇気」です。それだと行き過ぎです。

他人のためを考えて自分の信念に基づいて行動し、他者との相互理解にも努め、それでも理解されない場合に嫌われたとしても気に病む必要はないと言った方がより正しいニュアンスに近いと思います。


コミュニケーションには大きく3つのタイプがあります。

一つは、自分の主張を相手がどう思っていようと無理矢理に押し付けるアグレッシブ・コミュニケーション、

もう一つは、自分の主張があっても押さえこんで、相手の言われるがままに従うノンアサーティブ・コミュニケーション、

その中間に位置するのが「アサーティブ・コミュニケーション」と言われています。

つまり、相手の気持ちを理解しながら,自分の意見を相手に伝えようとするやり方のことです。

フジテレビが作成したアドラー心理学のドラマは、原作本が話題になった事がきっかけで作成されました。

嫌われる勇気という言葉が象徴的で、ドラマの脚本家の方も印象的なドラマを作ろうとする余りに本来の意味から外れた内容になってしまったかもしれません。

しかし悪気があったわけではないのであって、ましてやアドラー心理学を誤解させようという意図があったとは到底思えません。

そうした相手の立場を理解すれば抗議ではなく、ましてはドラマ放映中止要求などではなく、

アドラー心理学における「嫌われる勇気」とはそういうことではなく、こういうニュアンスなのですということを勧告するくらいの方がよほどアサーティブだったのではないかと私は思います。

糖質制限を広めようという際にもこのアサーティブ・コミュニケーションは応用できます。

院内で糖質制限食を普及させようと言う時も、今までカロリー制限ベースで食事を出してきた栄養士さんの立場を考えます。

いくら理論的に正しかろうとも、ガラッと食事を変えられる時に加わる栄養士さんへのストレスの事を考慮すれば、

いきなり純然たる糖質制限食を作ってもらうように言うよりも、主食半量の半糖質制限食から始めて、安全であるという事を栄養士さんや他のスタッフの皆さんに知ってもらう方がアサーティブだと私は思います。

自分のやりたいこと、自分の軸というものを大事にはするのだけれど、

多くの他者と協力し合って生きていかなければならないこの世の中では、

他人の気持ちを理解しようとする力もとても大事になってくると私は思います。


たがしゅう

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コメント

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No title
私は、その日一日の糖質量は看護師さんと患者さんに決めさせた方が良いと思います。
一人一人、糖質制限に向き合う心のあり方が違うからです。
私だったら、看護師さんに患者さんの毎日の糖質量を記録させて、できる範囲で徐々に減らしていくように指導します。
ごほうびとして、たまには糖質が多い日などがあっても良いと思います。
例えば、子供の頃誕生日に一生懸命素敵なバースデーケーキを作ってもらった人にとっては、どんなに体に悪いものでも、ケーキは特別な食べ物なのです。
そういうものを簡単に「食べない」という選択を決意するのは容易ではありません。
Re: No title
草木 さん

 コメント頂き有難うございます。

> 私は、その日一日の糖質量は看護師さんと患者さんに決めさせた方が良いと思います。

 それも一つの方法だと思います。
 ただ日常業務に加えて、残った食事から推定糖質量を算出するという作業を看護師さんにしてもらうのは少し負担が大きいようにも思います。
 私はまず私の方で病態に応じてある程度の推奨する糖質摂取量を指針として出して、それに対して患者さんからもっと糖質を増やして欲しいという要望があれば、薬剤調整をしつつ適宜糖質量を変更していくスタイルです。ケーキや行事食であれば皆平等に楽しんでもらってよいと思います。