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苦味に隠された宝と罠

category - 素朴な疑問
2017/ 10/ 04
                 
そう言えば、知り合いの先生から聞いたこんな話を思い出しました。

核酸代謝に関わる遺伝子の欠損で人よりも老化が早く進行してしまう早老症と呼ばれる難病があります。

ある種の早老症の患者会では、その病気にかかったこども達がほぼ例外なくブラックコーヒーを美味しそうにガブガブ飲むという光景が見られたそうです。

普通、こどもで苦いコーヒーの味を好んで飲むという子はそうはいませんので何故かはわかりませんでしたが象徴的な話でした。

しかし一方で大人になるにつれてコーヒーを砂糖、ミルクなしで楽しんで飲める人の割合は着実に増えていると思います。

先日東洋医学の五味について紹介しましたが、苦味には余分なものを排出させるという作用が書かれていました。

コーヒーの苦みに老化を防ぐ何らかの作用があるということなのでしょうか。
            

しかし、一方で苦味には乾燥させる作用もあるというのでこれだと老化を促進しているようにも思えます。

一般的には苦味は生物にとってそれが忌避すべき対象である事を教えるサインだと考えられていると思いますので、

苦味が老化を防ぐと言われてもしっくりこないと思われる方が多数派かもしれません。

けれど早老症の子がブラックコーヒーを好む姿と、大人になるにつれてブラックコーヒーを好む人が増えてくる様子には共通構造が隠れているようにも思えます。

これは一体どういうことなのでしょうか。


そんな事を考えているととある化学雑誌の記事が目につきました。



化学 2017年 07月号 [雑誌] 雑誌 – 2017/6/17
ビールの苦み成分がアルツハイマー病を防ぐ?──ホップ由来イソα酸の効能 
阿野泰久・高島明彦


(以下、p37-39より引用)

(前略)

ビールに華やかな香りや爽やかな苦味をもたらす効果があるホップは、1000年以上にわたりビールの原料として使用されている。

ホップは古来より薬用植物として知られ、その薬理作用は食欲増進、ストレス緩和、睡眠改善、血圧改善、抗肥満効果など多岐にわたる。

そのホップに由来し、ビールへ苦味を付与する成分として知られるのがイソα酸である。

(中略)

認知症のなかでも代表的なアルツハイマー病では、βアミロイドなどの老廃物が発症の10~20年前から日々少しずつ脳内に沈着していった結果、発症する疾患と考えられている。

しかしながら、すべての老廃物が脳内で蓄積するわけではなく、脳内には老廃物を除去するシステムが存在することが近年わかってきている。

その役割を担うのが、「ミクログリア」と呼ばれる神経組織に存在する免疫細胞である。

ミクログリアは、日々蓄積する老廃物を食べて除去するという「脳内のお掃除機能」のような役割を持っているが、

加齢に伴ってその機能が低下し、十分に掃除しきれないばかりか、逆に脳内にとって害となるような炎症を引き起こしてしまうのである。

脳内で生じる炎症は、記憶力低下や精神機能の脆弱化など、認知機能低下につながることが知られており、近年注目を集めている現象である。

今回の研究明らかとなったのは、イソα酸がこの脳内のお掃除細胞であるミクログリアの機能を強く調節する作用があるということである。

すなわち、イソα酸が加齢に伴って低下するミクログリアのβアミロイドの除去機能を活性化し、

さらに除去機能の低下により誘導される炎症状態を抑制する作用を発見したのである。

(後略、引用ここまで)



この例ではコーヒーではなくビールの苦みですが、

苦味の主成分であるイソα酸を同定し、これに東洋医学が指摘していたように、余分な老廃物を排出させる作用があったことを分子生物学的に証明した形です。

ビールの苦みを美味しいというこどもを私は知りませんし、

ビールの苦みも初めてお酒を飲んだ大人は好みませんが、回を重ねる毎にビールの苦みが癖になってくる感覚は多くの大人が経験的に知るところではないでしょうか。コーヒーの話と非常に似ています。

そう考えると苦味を単なる忌避成分と捉えるのは早合点なのかもしれません。

しかしなぜ苦味の中にそんなヒトにとって都合の良い成分が隠されているというのでしょうか。

これを苦味成分を作り出す植物の立場になって妄想で考えてみます。

苦味成分を作っておけば動物には嫌がられ、とりあえず自分が食べられるリスクが減ります。

しかし動物の方にも苦味に適応してくるものがいれば、やはり食べられ続けてしまいます。

そんな時のための第2戦略として、苦みの奥に動物にとって都合の良い成分を潜ませておくのです。

そうすれば独特の苦みにはまったその動物は力を入れてその植物が他の動物から食べられるのを守ろうとします。

そのように安心させておきながら一方で身体を乾燥させる成分もこっそりと忍ばせておきます。

そうすることで植物を食べる度に動物の身体は乾けば、その動物が水分を摂取するためにその場を離れ食べられ続けるリスクが減ります。

自分が食べられるリスクを最小限に押さえながら、自分の護衛兵を雇うための植物の戦略だとすればどうでしょうか。

あたかもビールやコーヒーを何杯も飲んでハマっている大人達と、

苦味の魅力にハマりその植物がある領域をなわばりにしようとしている動物の姿が重なります。

もしそうだとするならば、植物の戦略おそるべしです。


たがしゅう
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コメント

非公開コメント
        

No title
いつも興味深い記事をありがとうございます。

「植物の立場になって妄想」
植物サイドに立っての見事な妄想です。
植物の、奥深さ、したたかさがにじみ出ていて、
とても面白かったです。

トマトなんかは、虫に食われた際、
特別な香り成分を出し、トマト仲間に危険を知らせる。
トマトが人間並みのコミュニケーションを取っている、
というニュースを思い出しました。

植物もただ者ではないですね。


Re: No title
Etsuko さん

 コメント頂き有難うございます。

 植物の世界は本当に奥深いですよね。
 生存戦略が動物のそれとは全く異なっています。
 動けないから植物の方が不利、と考えていると植物の戦略の全容が見えにくくなると私は思います。
No title
人類は肉食動物でしょうから苦味や酸味は腐ったものですから本能的には忌避するでしょうね。ピーマンやゴーヤなんかもほぼ苦味しか感じませんが、食欲をそそるというか独特の魅力がある食材です。興味深いですね。
Re: No title
SLEEP さん

 コメント頂き有難うございます。

 普通に考えれば苦味や酸味は忌避成分ですよね。しかしそんな苦味の中に身体に良い成分が含まれている事があるという所に植物戦略の奥深さが感じられます。