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同じ土俵でまともな批判を

category - よくないと思うこと
2017/ 09/ 28
                 
糖質制限批判には公的なものとそうでないものとがあります。

先日は「がん放置療法」の提唱で有名な近藤誠先生による週刊誌での糖質制限批判記事が話題になりました。

糖質制限批判の大半は今まで言い尽くされたパターンで、近藤先生の今回の発言も例に漏れず過去に見られたパターンのものでした。

江部先生がブログで明確に反論されていましたので、この点に関して私から特に追加の意見はありません。

ただ「がん放置療法」について私は一定の意義を見出していたので、そういう先生でも従来の常識にとらわれて考えてしまわれるところは残念に思っていました。
            

かたや、ブログなどではそういうよく見るパターンとは別に、より高度な糖質制限批判のパターンを見ることがあります。

そういう声もはなから否定せずに読んでみれば、なんだかなかなかいいところまで検討されているようなのですが、

そういうものに限って言葉遣いが汚いというか、下品な言葉遣いでまとめられているのでまともに読む気が失せてしまうのです。

これだと折角いいことを言っていたとしても台無しです。

同じことを丁寧な言葉で通していれば相手に伝わる印象も変わるかもしれないのに、どういうわけか自分の主張の価値を自分で下げてしまっているのです。

なぜそんなことをしてしまうのかを想像するに、「人の悪口を言うことの楽しさ」に由来するのではないかと踏んでいます。

要するに言葉が汚い糖質制限批判をしている人は、本当に批判したいからしているというよりも、

罵詈雑言を浴びせかける楽しさに魅せられているだけのような気がするのです。さもなくば丁寧な言葉で伝えた方が批判も相手に受け入れられやすいわけですから。

ある意味惜しい話です。丁寧だけど芯をついてない糖質制限批判に、芯をついているかもしれないけど言葉が汚い糖質制限批判、どちらも惜しいです。

私は糖質制限が今後確固たる地位を確立していくためには、手放しで礼賛するのではなく、弱点も含めてしっかり批判を受けて改良し乗り越えていくべきだと考えています。

私自身の糖質制限も5年の月日で様々な失敗経験も踏まえてマイナーチェンジを繰り返してきました。

よいものを作り上げていくために建設的な議論は不可欠です。

時に批判的意見が重要な役割を果たすこともあります。

その批判的意見が少なくとも同じ土俵で議論し合えるように、

批判する人には最低限のマナーを心得てもらいたいものです。


たがしゅう

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コメント

非公開コメント
        

どんな時でも、相手に対する最低限の敬意は必ず必要だと思います。糖質制限肯定の方が否定派を、否定の方が肯定派を論ずる際に、嘲笑を伴っている時とても残念です。こんな時代だからこそ、余計に、相手を理解しようという態度は大切だと思います。今回のブログ拝見し、思わず投稿しました。いつもありがとうございます。
Re: タイトルなし
T さん

 コメント頂き有難うございます。

 ストレスマネジメントの中でも嫌いな人を理解しようとする行為は難しいとされています。「修行」だと言う人もいるくらいです。
 気の合わない相手を嘲ったり、無視したりするのは簡単です。しかし、そうした相手がなぜそのような行動をとるのかを理解しようとするところに大切なものが隠されているように思います。
No title
糖質制限の可否に限った話ではありませんが、望ましい議論は、互いに協力して「意見・主張が異なる」原因、ポイントを可視化して、第三者にもわかりやすく判断しやすくすることだと思います。
これが不可能な理由の一つは、科学的ではない信念や隠れた利害関係など公にできないマインドが主張の方向づけているのではないかと、推測します。
場合によっては、相手の主張を認めて意見を変えるぐらいのスタンスではないと建設的な議論は難しいでしょうね。
私自身は、糖質制限を行うことは正しいと思っていますが、信じてはいません。なので反対する人の意見はなるべく多く聞くべきだとは考えているのですが、なかなか難しいものです。
Re: No title
たにぐち さん

 コメント頂き有難うございます。

 建設的議論ほど「言うは易し、行うは難し」な事もなかなかないように私も思います。
 難しいことながらも、まずは相手の立場に徹底的になりきることから始める必要があるかもしれません。
No title
人間の認知能力は有限ですから、ガン放置と言うコペルニクス的な発想をされた異才であっても新しい考え方について来れないのは仕方ないものです。ファミコン世代の自分はいまだにフリック入力ができません。
日本人の議論下手の原因は、貴方と私は違っていて当然でそれでも平等だという西洋啓蒙主義が浸透しきっていない点です。日本人しかないない国では聖徳太子以来の和を持って尊しをなすというのが強すぎて、徹底的に議論せず、目上の言うことに従うのが省エネで楽なんでしょうね。
Re: No title
SLEEP さん

 コメント頂き有難うございます。

> 貴方と私は違っていて当然でそれでも平等だという西洋啓蒙主義

 確かに日本という国に生まれ、何も考えずに生きていたら、
 「空気を読む」という聞こえのいい言葉に沿って、時に自分の個性を主張するのを諦めてしまう場面は多いのかもしれません。
 ともすれば主張することによって、いじめの温床になったり疎外感を感じやすくなる生きにくい世の中だと思います。
No title
医師という地位の方の発言は一般の人より重みがあり真実味があります。
糖質制限を謳ってるのは医師のブログだった為私も必死に糖質制限による体調不良に耐えれたんですね。
これが一般の方のブログだと半信半疑なので体調が悪くなればすぐやめてたと思います。
残念だったのは、糖質制限でお米の存在が怖くなってしまったことと、ケトン体にいつまでも慣れない私の身体は正常ではないと思ってしまったことです。。
ブログには本来人間の食は糖質制限と書かれてますのでそう思いますよね・・・。

食べないと死なのでとても大事なことなのですが、食は血をきれいにもし、間違ってれば病気になると思ってます。

医師の方は特に極端な言葉の発言は誤解を招きますので特に注意が必要です。
たしかにいろんな目線で見てみますと言葉使いが・・と思うものもありますが、そこはスルーしその方の考え方や訴えてるとこが大事かと思ってます^^;
見方をかえれば、そこまで痛烈に批判する自信と訴える気持ちが大きいのかもしれませんね。
人間って難しい・・・。
Re: No title
hamu さん

コメント頂き有難うございます。

相手が医師だろうと立派な肩書の権威者だろうと素人だろうと、
信じる、信じないのベースで考えていたら振り回されるのは自分自身です。

他人の意見に振り回されないように考えていくためには、自分の身に起こる出来事を丁寧に自分の頭で考える行為を積み重ねていくことだと私は思います。他人の意見を信じれば楽は楽ですが、その思考パターンだといつまで経っても自分の軸は出来上がらないと思います。