糖尿病患者に糖質制限指導をすべきでない時
2017/09/18 00:00:01 |
普段の診療より |
コメント:12件
重度の糖尿病があり重度の認知症がある高齢患者さんを入院で担当しました。
私の病院では栄養士さんに掛け合った結果、
糖尿病患者さんには、糖質20%代までの糖質制限食を提供できる体制になりました。
この患者さんにも当院で実施可能な最大限の糖質制限食を勧めるべく、
初回診察の際に念入りに糖質制限の理論を説明しました。
患者さん御本人は認知症があり到底理解できる状況ではなかったので、
配偶者の方を中心に御家族へ糖質制限食の導入に理解を求め、御了解を頂きました。 どうしても抑えきれない食後高血糖はメトホルミンやSGLT2阻害薬などの併用でコントロールするよう試みました。
しかし、糖質制限導入直後、思わぬことが起こったのです。
なんと出された糖質制限食を全く口にされようとしないのです。
体格はやせ型です。お腹はすいているであろうに、そこにおかずがたくさん置いてあっても食べようとさえしないのです。
配偶者から「バナナとかなら食べると思います」との助言を受け、やむなく糖質制限食を解除、
半糖質制限食に切り替えてバナナも出すようにして、少しは食べるようになりました。
しかしちょっとしか食べなくても200mg/dLを優に超えてしまう血糖値に対して、
私は苦肉の策として少量の持効型インスリンとGLP-1作動薬の注射を加え、何とかその状況を緩和するよう試みました。
この診療経験から私が感じたことは2つあります。
ひとつは、認知症にまで至るような重症糖尿病は、
同時に重度の糖質中毒の状態に陥ってしまっているということ。
身体がやせていて明らかに栄養を欲している状況であるにも関わらず、
糖質主体の食べものしか味覚的に受け付けなくなってしまっているということです。
逆に言えば、糖質主体の食生活を是正しなければここまでの状況となり、しかもその変化は不可逆的となりえるという事もできると思います。
もうひとつは、空腹感という身体からのメッセージは、
脳に依存している要素が大きい可能性があるということです。
見ため明らかな低栄養状態なのに食欲が惹起されないのは生命の維持において致命的です。
消化管やら消化器やら空腹に関係している臓器が糖化で機能低下していてそうなっている可能性もありますが、
少なくとも表面的には認知症が全景に立っており、低栄養なのに食べないという原始欲求に従わない理不尽な変化を引き起こすとなれば、
脳の機能低下が関与している可能性が高いと私は考えます。
次第に半糖質制限食でも食べなくなり、仕方なく常食に戻しても、それでもあまり食べないという状況になってしまいました。
結果的に患者さん御家族の信頼を失うことにつながってしまったかもしれません。
目下、漢方薬も併用しながら食欲回復させられないか試行錯誤中です。
この症例を通じて糖質制限食の勧め方に関して、また新たに考えさせられることになりました。
たとえ重症の糖尿病であっても、医学的な糖質制限の適応があっても、
社会的に糖質制限の導入を控えた方がよいかもしれないケースもあるということです。
糖質制限の導入が本人家族にとって心理的な負担となることが予想されるケースにおいては、
半糖質制限食も含めて糖質制限食の導入を諦め、薬剤による疑似糖質制限で可能な限りの治療を行うより他にないかもしれません。
こうした人へは「Do no harm」の概念を拡げて考えた方がよさそうです。
即ち、糖質制限指導による害と薬剤副作用による害を天秤にかけて判断するということです。
前者が大きい場合は、糖尿病患者にあえて糖質制限指導をしないというのもひとつの選択肢となるように思います。
しかしそもそもこのような患者さんが生み出されないように、
糖質制限をベースとした予防の考え方を広めていくことが、
それ以上に大切なことだと私は思います。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
糖質偽装たんぱく質
相変わらず日々難しい臨床に対応されていて感服です。
先生のブログを読んで、心に思い付きが起こりました。
糖質偽装したたんぱく質・脂質食品の開発
です。
あくまで妄想です。
例えば、バナナの形をして、バナナの味がして、それでいて実はたんぱく質豊富
そんな食品です。
世の中には、protein barも含め、糖質で味付けされているタンパク質ビスケットのようなスナックがありますよね? あくまでなんちゃってレベルのたんぱく質ですけど。
それを75%以上のたんぱく質含有食品として作れないかと妄想しています。
たぶん、余裕で出来ると思うのですが。
こういう商品(機能性を体験によって確認しないといけないでしょうけれど)、スポーツショップに行けば、並べられている″べき”なんですけど、今並んでるのは如何せんたんぱく質含有量が糖質と比較して今一なのが玉に瑕なんですよねぇ。
鹿児島は焼酎のメッカであり、発酵技術の応用を試みている酒蔵がたくさんあると思います。
彼らの技術を転用して(焼酎蔵の復興も兼ねて)、プロテインを体内で化学的に生成するサプリとか、食品とか作り出せないでしょうか。
あくまで妄想ですが。。。。
Re: 糖質偽装たんぱく質
コメント頂き有難うございます。
> バナナの形をして、バナナの味がして、それでいて実はたんぱく質豊富
> そんな食品
確かにひとつのアイデアではあると思います。
ただ糖質中毒の人は糖質とそれ以外の物質を鋭敏に区別する状態に陥っています。
言い換えれば糖質でなければ味覚受容体が刺激されない状態です。
糖質ゼロのビールが、普通のビールと味が全然違うという人がたまにいますが、
その状態の究極型が糖質中毒であり、今回の症例もそれに近い状況ではなかったかと思っています。
ですから中毒の程度が軽い人にはバナナの味で実は高蛋白なバナナは有効でしょうが、重度の糖質患者にはまた別のアプローチを加える必要が出てくると思います。
No title
日々の診療お疲れ様です。
「糖質中毒」が大きな壁ですね。
それに加えて「認知症」
糖質を止めれば、改善に向かうのに、
糖質を止めることが出来ない現状。
皮肉な状況ですね。
「薬剤による疑似糖質制限」により、
少しでも糖質の中毒状況から脱却でき、
本来の糖質制限が可能になると良いですね。
先生の、個々の状況に応じた適切な対応と、
状況に流されない治療方針に感謝です。
応援しております。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
私は糖質制限推進派で、基本的に糖質制限を勧めます。
しかしそれが目的になってはならず、目的はあくまで「患者さんの健康を取り戻す」ことです。
その目的を果たすための方法が必ずしも糖質制限である必要はなく、様々な方向から解決策を考える臨機応変性を磨くことが大事だと思っています。
ただそう思っていても現実の具体的対応は難しく、悩める日々が続いています。
患者を生み出さない
糖質制限をベースとした予防の考え方を広めていくことが、大切なことだと私は思います。
本当にそうですね。
今日は敬老の日。
おじいちゃまおばあちゃまたちが、お祝いのおまんじゅうは腹いっぱい食べるものではない、有難く少し味わうものだと理解できる生活を、それまでに確立していてほしいです。
Re: 患者を生み出さない
コメント頂き有難うございます。
御高齢の方でも諦めず、地道に普及活動を続けて参りたいと思います。
No title
通所されている高齢者のデータを見ると、ほとんどの方々が痩せの低栄養か肥満の低栄養です。
そして、小学生の子供のクラスを見ても、痩せた子供と肥満の子供に二極分化されているように感じます。
高齢者も子供も簡単に食べられて安価な糖質主体の食生活が定着していますね。
糖尿病の高齢者のご利用者に糖質制限を奨めるのは看護師一人の力ではなかなかハードルが高く、高タンパク高脂肪を提案するのがやっとですが、地味に続けています。いつか、スタンダードになる日を夢見て。
でも、我が家の子供達の方は2年程の糖質制限で糖質依存から抜け出しつつあります。甘い物への渇望で泣きわめいていた子供達が冷静に食事の時間を待つことが出来るようになってきて、日々の努力が報われる思いです。
本当に糖質依存は手強いですね。
子供の糖質制限に悩む毎日ですが、やはり子供達の未来のために諦めずに続けようと心新たにすることができました。
職場でも悩みつつ、一人でも多くの高齢者に健康になっていただけるよう精進してゆきたいです。
いつも希望をありがとうございます。
糖質制限が必要な人、必要でない人
●買うものが殆ど炭水化物である
←おにぎり、サンドイッチ、寿司、各種お弁当、出来合いのお惣菜、1、2個の果物、大福やどら焼き、まんじゅうなどの和菓子、お菓子...
●体型は、殆どが小太り以上、痩せ型は極々たまに。
糖質制限では私は苦い経験があります。糖尿病でもない老親に、人間には糖質は必要ないのだからと、三食のうち一食、たまに二食を炭水化物抜きにしました。するとみるみる体重が低下、身体はふらつくようになり、マズイと気付いた(2,3ヶ月ぐらいでしたか...)時には、体重は40kgを切ってしまいました。慌てて元の糖質中心の食事にしましたが、あの時失った体重(筋肉?)はもう元には戻りません。僅か数キロの話です。よく、いきなり代謝のハンドルを切ってはいけないと言われていますが、恐らくどんなに緩やかににやっても、元々少食な上、年とともに一層食が細くなる傾向にあって、何でもいいから食べてくれれば御の字という状態になりつつある中では、たとえ糖質が代謝に負担をかけようと、その食べやすさ、口当たりの良さ、長年の嗜好などを考えると、タンパク質や脂質中心の糖質制限食にすること自体無理だと思います。 近頃の親の急激な足腰の衰え方を目にすると、ひょっとして原因の一端は私にあるのではないかと。糖質は制限せずとも大丈夫という人は、タバコ以上に、案外多いのは確かなようです。
問題は何かしら病気を発症した場合です。体内の過剰なインスリンやブドウ糖が動脈硬化、癌、認知症、精神病、アレルギー、その他様々な病気の原因の1つと言われていますが、私自身は長年酷いアレルギーで苦しみました。でも糖質制限してからはほぼ綺麗さっぱり症状は改善し、今の所体調もとても良いです。各種検査から私は糖質を上手に処理できない体質であることは確かで、今後仮に糖質制限を続けることの不利益が生じても、糖質摂取の不利益の方が大きい以上、それは仕方のないことと諦めます。
ところで、癌はよく分かりませんが、認知症、アレルギーに関しては、圧倒的に痩せ型が多いような印象があります。やはり諸悪の根源の1つは、糖質代謝なのかもしれません。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
また共感して頂き嬉しく思います。
ひとりの力には限界があります。はがゆい思いも当然あるでしょう。
しかし自分のいる場所で自分のできることを続けていればいつか世界は変わると私は信じています。あせらずできることを愚直に続けていきましょう。
Re: 糖質制限が必要な人、必要でない人
コメント頂き有難うございます。
やせ型の方への糖質制限指導は要注意だと常々感じています。
理由をいくつか挙げると、「消化吸収能力が低下している」「脂質代謝が回りにくい」「オートファジーが利用しにくい」「もともと少食の人も多く糖質制限した分のエネルギー補充が不十分となりやすい」「内臓脂肪などの一時的な体重減少であってもそれ以上やせる事を恐怖と感じ大きなストレスを感じやすい」などが挙げられます。
しかし肥満型とやせ型は表裏一体です。
言い換えれば、同じ現象を別角度から見ているに過ぎないと私は思います。
例えば、がんも肥満者でリスクが高いと言われていますが、進行すれば悪液質と呼ばれる著明なるいそうに至ります。
だから糖質制限を単なる痩身法と理解するのは非常に一面的です。
糖質摂取に対して過剰に反応するのか、反応系が適応しきれずに細胞が機能不全に陥るのかの違いがあり、前者は肥満型、後者はやせ型となります。その事がわかれば後者の方が問題が深刻であることもわかると思います。
2016年11月1日(火)の本ブログ記事
「糖質摂取への過剰適応と敗北」
http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-767.html
も御参照下さい。
だから私はやせ型の人は乱れた代謝をより慎重に時間をかけて整えていく必要があると思っています。
その過程で大事なことは基本的に「自己決定を促す」ということです。前述のように一般的な糖質制限指導に大変ストレスを感じやすいからです。
2016年12月1日(木)の本ブログ記事
「『教える』のではなく『考えてもらう』」
http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-797.html
も御参照下さい。
制限の前にたんぱく質
私は医師でもなんでもないのですが、糖質制限のことを周囲に拡げようとしています。
その時に気をつけていることは、糖質制限の前にたんぱく質を多く取ってもらい、消化機能を上げることです。糖質を減らすノルマではなく、たんぱく質摂取のノルマを課します。たんぱく質ファーストで食事をして、お腹に空きがあればその他のものを食べるようにしてもらいます。「制限」ではなく「優先」という考え方です。
胃もたれなどするようでしたら、糖質を抑えること、消化酵素剤を摂ることを勧めています。
一時的な過食になることが多いですが、そんなことをしてるうちに、ご本人が気づかれることがほとんどです。
高齢者や認知症の方には当て嵌まらないとは思いますが、糖質制限に懐疑的な人や子供には有効な方法だと思います。
Re: 制限の前にたんぱく質
コメント頂き有難うございます。
> 糖質制限の前にたんぱく質を多く取ってもらい、消化機能を上げること
そのアプローチは消化吸収機能に余力がある人はよいのですが、
食べても食べても太らないやせ型の人には、逆に消化管を休ませる時間を設けるマイナスの発想も必要だと私は感じています。
なぜならば、そういう人はいくらタンパク質を補充しても、サプリメントを使おうと体重が増えていかない現実を目の当たりにするからです。
とりあえずの方法としてやってみた後も押してダメなら引いてみる、臨機応変な姿勢でバランスを取ることが大事だと思います。
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