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治療法のない病気の検査体制を拡充させることは混乱しか生まない

category - ウイルス再考
2020/ 11/ 12
                 
最近、各地でまた新型コロナウイルス感染症の感染者数が増加傾向にあることについて、

日本医師会から「第3波と考えてよいのではないか」という見解が発表されました。

一方で重症者や死亡者が増えている傾向はあまり認められません。要するに無症状・軽症の患者数が圧倒的に増えてきているという状況です。

これは第3波が襲ってきたと考えるよりも、検査体制の拡充によってPCR検査が陽性だと掘り起こされる人の数が増えたということと、

寒さとともに風邪症状をきたし新型コロナウイルスの検査を受けようと思う人の割合が増えたことによる相乗効果ではないかと私は思います。

検査体制が拡充されることは良いことだと考える人も多いかもしれません。

しかしそれはあくまでも治療法が確立された病気での話です。「治療法もない病気の検査を拡充させることは有害でしかない」というのが私の考えです。
            

そういう考えを元に私は今年4月に「検査を受けないという選択肢」というYouTube動画を作成していますので、よろしければそちらもご参照頂ければと思うのですが、

なぜ治療法のない病気の検査体制を拡充させることは有害でしかないのでしょうか。

それは「不安や恐怖がただ惹起されてしまうだけ」であるからです。

治療法はないけれど、病院に行けば何とかしてもらえると考えるのは幻想です。

もしも新型コロナウイルス感染症にかかって病院で治療を受けるとなると、施される治療は基本的にすべて「対症療法」です。

つまり熱が出れば解熱剤、咳が出れば咳止め、食べられなくなれば点滴をするといった「出てきた症状に応じてそれを抑えたり、それが元に戻るように支える治療法」です。

もちろん、それらの対症療法自体は益があると思います。自力で回復するのがベストとは言え、それができず対症療法の力を借りればもっとスムーズに自力を取り戻すことができるようになるという人もいるでしょう。

しかしながら、それらの対症療法は別に新型コロナウイルス感染症と診断されていなくても施すことができるものです。

つまり検査は対症療法を行うのに必要ないということです。

しかしながら検査をしてしまうと、「新型コロナウイルス感染症にかかってしまった」というストレスが漏れなくついてきます。

テレビなどのマスコミにさんざん怖い感染症だと吹き込まれていますので、そのストレスが身体にもたらす影響は決して馬鹿になりません。

人によっては後遺症に発展してしまうほどに自己システムがオーバーヒートしてしまう威力を秘めています。

検査を受けずに風邪症状に対して、周りの人に移さないように自宅で基本的に寝て休むように過ごして、

場合によってはオンライン診療を受けて、適切な対症療法薬のサポートを受けながら療養していれば、

余計なストレスによる自己システムのオーバーヒートがない分、よほど治りやすかったかもしれなかった状況が、

検査を受けた分だけ余計なストレスを整えなければならなくなるので有害となってしまうわけです。

しかし新型コロナウイルス感染症の場合は感染症なので、

たとえ治療法がなかったとしても、誰かに移す可能性があるかどうかを判断してもらうことができるメリットがあると思われるかもしれません。

ただ誰かに移す可能性があるから外出を控えた方がよいのは何も新型コロナウイルス感染症に限った話ではないのです。

検査しなければ移す可能性があるかどうかがわからないのではなく、「風邪症状があればそれは他人に移す可能性がある」ということなのです。

ここでも検査をすることの恩恵は受けられないし、検査することで余分なストレスがかかり余計に病状が悪化しやすいという点は先程と同様です。

それでも病院にいれば万が一重症化した時に治療を受けるタイミングが早いのではないかと思われるかもしれません。

しかしそれさえ少なくとも日本であれば救急要請すればほとんどの場所で10分以内に救急車が来て速やかに病院に搬送する仕組みが整えられています。

10分、20分の時間を惜しむなら別ですが、感染症の場合、一部の細菌感染症を除いてそのくらいの時間の違いがあったからといって施される医療の結果が変わるとは到底思えません。

しかも病院で施される治療は対症療法です。検査を受けたおかげで病院に入院できたからといって重症化を防げるわけでは決してなく、むしろ検査を受けた不安によって自己システムがオーバーヒートする分重症化のリスクは高くなるくらいです。

そう考えていくと、ことごとく新型コロナウイルスのPCR検査にはメリットがないということになってしまうのです。

唯一のメリットは、社会的な納得を得ることです。

これも冷静に考えればおかしな話ですが、PCR検査が陰性と出た場合に社会的には安心が提供される扱いとなっている実情があります。

実際にはPCR検査の結果はあくまでもその時点での話であって、未来永劫ウイルスにかからないことを保証するものでも何でもなく、検査が終わった次の瞬間ウイルスに感染する可能性は当然あるわけですが、

それでも今の混乱した社会においてはPCR検査は安心材料として捉えられてしまう部分があると思います。

しかし陰性を期待して受けたPCR検査が陽性になってしまった場合は目も当てられず、

治療法のない疾患概念に対して強烈な不安や恐怖をたきつけられ、2週間の隔離という生活制限を受けることになり、

その後も後遺症のリスクにおびえなければならなくなってしまいます。

検査さえ受けなければただの風邪としてやり過ごせたかもしれないのに、です。


実はこの「治療法のない病気に対する検査体制の拡充は有害でしかない」という構造は、

今回の新型コロナウイルス感染症においてはじめて認められるような話ではありません。

実は「がん」という病気に対しても、全く同じ構造が当てはまると私は思っています。

「何を言う、がんにはれっきとした治療法があるではないか」と思われるかもしれませんが、

がんに対する治療も実はすべて対症療法で、構造的には「治療法のない病気」と同じだと思っています。

根本的な治療法もないのに、一生懸命検査する体制を整えますと、どうなるかと言いますと、

その病気の患者が軽症というか無症状の段階からどんどん掘り起こされてしまいます。しかし本質的に治療法はないので、不安が与えられるだけという点では新型コロナウイルス感染症と同じです。

しかしがんの場合は、早期に手術で病巣を取り去ることが根治療法だと考えられていますので、これが積極的に勧められてしまうことになります。

ところが手術は実際には根本原因には何も対処していなくって、ただ目の前からがんという問題を見えなくしただけなので、また再発してしかるべき状態です。

しかも手術というのは正常な組織まで取り除く、もっと言えばがんでさえ正常となりうる細胞なので、言わば人為的な臓器欠損法ですので、次にがんと対峙する時にはよりがんを抑えにくい状況になるという構造があります。

本来であれば新型コロナウイルス感染症にしても、がんにしても、

病院で何かしらの根本的治療を施せるのであればおおいに意味があると思います。

検査をしないとその根本的治療を施すべきかどうかの判断がつかないわけですから、

裏を返せば、西洋医学というのはそのような決定的な病気の原因が存在するというモデルの下に構築された医学といってもいいでしょう。

細菌やウイルスという存在は、そうした西洋医学が掲げたモデルの中で格好の餌食であったわけです。

ところが細菌はともかく、ウイルスという存在は病気の原因というよりは自分達の細胞の延長戦上にある存在で、完全なる敵ではなく、異物でもあり自分自身でもあるという中途半端な存在だということがわかってきました(もっと言えば細菌を病気の原因とする考えにも私は異論があるわけですが、それはまた別の機会に語りましょう)。

ウイルスをやっつけようとすれば自分をやっつけてしまうことにもつながると、この点においてはがんに対する治療でも全く同じ過ちが行われています。

つまりこの「外部の病原因子によって病気は起こされ、この病原因子を潰すことで病気は治癒される」という西洋医学の文化の中で構築された、

「検査をして診断をつけて治療する」という仕組みが枠組みとして強固に残っていて、

実際にはそのような外部の病原因子によってもたらされているわけではない病気に対しても強引に当てはめようとしているがゆえに、

この検査拡充による有害無益の悲劇が繰り広げられ続けてしまっているのではないでしょうか。

そろそろ私達は気づかなければならないと思います。

正すべき対象は外側ではなく、内側にあるのだということを。


たがしゅう

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コメント

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本当におっしゃる通り
いつも拝見しております。

たがしゅう先生のご意見はいちいち納得させられます。ぜひ、たがしゅう先生のお考えをマスメディアで大々的に発表していただきたい。出ないとこの国は取り返しがつかないことになりそうで恐ろしいです。
少なくとも日本においては30歳未満の人が糖尿病を患っていた力士の方一人のみと言う現実から、新型コロナウィルスが恐ろしい病気であるとはとても考えられません。皆が合理的に思考できる世の中であってほしいです。
Re: 本当におっしゃる通り
gotou さん

 コメント頂き有難うございます。

 マスコミにはマスコミの意向に合う人しか呼ばれないでしょうし、編集などで自分の思う事をストレートに伝えることは難しいと感じています。とは言え対立していても仕方がないので、マスコミはそういうものだと受け止めて私は静観しています。
 そういう意味では、ブログやメルマガ、YouTubeなどの自分が扱えるメディアによって発言できるようになったことは大変意義の大きいことだとも思います。
No title
たがしゅう先生

新型コロナウイルス感染対策として自粛もマスクも一切しない私にとって、PCR検査を受ける事の意味が理解出来ません。陰性でも安心できないし、陽性なら大騒ぎされる、そして新型コロナウイルスそのものが決して深刻な感染症だとは思えません。

先生がマスコミに登場されれば多くのヒトが救われるのになあ・・・と思ったのですが、怖い怖いと不安を煽るテレビの世界にあっては先生の考え方を受け入れようとはしないでしょうかね。

私は世間の変な風潮に流されたくないです。ワクチンなんて論外だとおもっているのです。もともと致死率が低い新型コロナウイルス感染に対して安全性に非常に疑問があるワクチンにヒトは何を期待しているのでしょうか・・・。

Re: No title
栗田三江(くんだみえ)さん

 コメント頂き有難うございます。

> もともと致死率が低い新型コロナウイルス感染に対して安全性に非常に疑問があるワクチンにヒトは何を期待しているのでしょうか・・・。

 私は多くの人がワクチンに期待する現象の本質は「自分の頭で考えたくないから」だと思うのです。
 もっと言えばワクチンについて考えるための情報が極めて不安定なものが多いので、ワクチンについて考えることがとても困難を極めることも影響していると思います。

 先日ワクチンに関するオンラインセミナーのために調べた経験からも言えるのですが、ワクチンに関して科学的に有効だという根拠は疫学的なデータに基づくものがほとんどです。T細胞の活性化などのメカニズムは自然感染と共通しますし、事実に基づけばワクチンで作られた免疫は自然感染よりも明らかに不完全であることが立証できます。それでもワクチンが科学的に有効だと信じられるのは、ワクチンについて考えることを放棄していることとほぼ同義だと私は思います。まともに科学的に考えているのであれば、ワクチンの効果はせめて「わからない」というべきです。私は様々な事実と照らし合わせて「ワクチンの効果はかなり乏しい」という結論に至りましたが、多分に推論も入っている意見です。「ワクチンは科学的に有効である」という意見は、科学という名の疫学を盲信し過ぎだと私は思います。
有効率9割以上のコロナワクチン
が開発されたそうですが、たがしゅう先生はどのような見解をお持ちでしょうか?
宮坂昌之・大阪大名誉教授は
「当面は私は打たない」
とおっしゃってますが。
Re: 有効率9割以上のコロナワクチン
KAZ さん
 
 御質問頂き有難うございます。

> 有効率9割以上のコロナワクチンが開発されたそうですが、たがしゅう先生はどのような見解をお持ちでしょうか?
 
 私自身はコロナワクチンは受けません。
 それはコロナをきっかけにワクチンについて考え続けた私の結論です。
 有効率が9割以上であることは、その私の判断に影響を与えていません。

 2020年6月11日(木)の本ブログ記事
 「ワクチンは自然感染を超えられない」
 https://tagashuu.jp/blog-entry-1780.html
 もご参照下さい。
Re: 有効率9割以上のコロナワクチン
いえ、打つ打たないではなく、インフルエンザワクチンですらVEはそんなに高くないのにどうして新型コロナでそんなVEが実現出来たのか不思議に思いました。
Re: Re: 有効率9割以上のコロナワクチン
KAZ さん

 失礼致しました。御質問を勘違いしてしまいました。

> インフルエンザワクチンですらVEはそんなに高くないのにどうして新型コロナでそんなVEが実現出来たのか

 VE(ワクチン有効率)90%以上というニュースが確かに各製薬会社から次々と出てきていますね。

 有効率をどのように算出しているか、何をもって有効と判断しているかということが重要なわけですが、
 少なくとも記事やニュースからわかるレベルの内容としては、何万人単位の対象者をワクチン接種群と非摂取群に分けて、数ヶ月の単位で追いかけて、新型コロナウイルス感染症の発症者が100人前後で、そのうちワクチン接種者は1桁台、残りの90何名がワクチン非接種者というデータでもっと「90%以上の有効率」と表現しているようです。

 ただ観察期間がどのくらいだったのかがよくわからないし、発症したかどうかをどうやって判定したか(PCR陽性のみ?臨床症状やCT所見なども込み?)、PCR検査は全員に均等に思考されたのかどうかなど、わからない情報が多すぎて「90%以上の有効性」というのを額面通りには受け取れないというのが現状だと思います。

 大体ワクチンの有効性を正確に評価したいなら通常は年単位の年月が必要です。それなのに各社がこぞって「我が社のワクチンこそが90%以上の有効性だ」と声を上げ合っている状況は非常に奇妙でかつ政治的な事情があると疑われても無理もないと私は思います。
No title
 ワクチンにおいて「有効性が確認された」と評価されることは、副作用が無いか殆ど無いことも、認められたことになるのでしょうか?
 この記事を読んだときには、「安全性は確認されていないが、90パーセントの有効性は確認された」と解釈していました。
 
 自分自身は、コロナ程度のものに対してワクチンを打つ気はしないですが、ワクチンが開発されて、基礎疾患のある方とヨボヨボになっても生き続けたい高齢者に接種を義務付けられれば、三密対策も不要になるはずなので、期待はしています。


 
Re: No title
タヌパパ さん

 コメント頂き有難うございます。

> ワクチンにおいて「有効性が確認された」と評価されることは、副作用が無いか殆ど無いことも、認められたことになるのでしょうか?

 そうですね、それはあくまでも「観察期間中に』副作用がないかほとんどない」と確認されたという意味になるでしょう。子宮頸癌ワクチンを始めワクチン接種から半年〜1年後に遅発性の副作用が現れることもありますから、「90%の有効性あり(副作用ほとんどなし)」という発表は、現実世界において副作用がほとんどなしを意味しているわけではないことに注意が必要です。しかし何も考えずに「90%の有効性あり」を受け止めれば、本当に「副作用ほとんどなし」だと解釈してしまっても無理もないと思います。

 しかも「ワクチンを我が社が世界に先駆けて作りたい!」というバイアスの下に行われている研究ですから、大分マユにつばをつけて見てちょうどいいくらいだと私は思います。

> ワクチンが開発されて、基礎疾患のある方とヨボヨボになっても生き続けたい高齢者に接種を義務付けられれば、三密対策も不要になるはずなので、期待はしています。

 そうかもしれませんが、ここまで三密対策とやらが定着してしまった社会においては、いくらワクチンを打ったからといって三密対策をやらなくてもいい、という話にはならないような気がします。何とも色々な意味で息苦しい社会となってしまったものです…。