「マスクに効果なし」の真の意味
2020/08/20 11:00:01 |
お勉強 |
コメント:2件
イギリスの有名総合学術雑誌「Nature」の中の医療分野を扱う「Nature Medicine」に、
サージカルマスクでコロナウイルスの侵入を効果的に防ぐことができるということを示した医学研究が発表されていました。
2020年4月3日に香港大学とハーバード大学の共同研究で、かなり厳密にウイルスがマスクを通過するかどうかについて調べられた内容の研究でした。
この研究では、外来患者3,363人の内から上気道症状のある1,185人を選び、呼気中のウイルスサンプルが得られた246人が対象となりました。
この246名に対して、30分間Gesundheit(ゲズントハイト)Ⅱというドイツ製の集塵機の前で呼吸してもらい、マスク装着した群とマスクを装着しなかった群で、回収した5μm以上の大きさの飛沫と5μm未満の大きさのエアロゾルの中にあるウイルス量に差があるかどうかを調べた内容です。
「Gesundheit Ⅱ」で画像検索するとわかりますが、ビニールハウスの中でラッパ状の集塵機の中に顔を突っ込んで集塵する機械で、一滴たりともウイルス粒子を逃すまいという意気込みが感じられる機械です。 この実験自体が行われたのは、2013年〜2016年に行われたもののようですが、
246名から検出されたウイルスはそれぞれ多い順にライノウイルス、インフルエンザウイルス、そし新型ではなく旧型のコロナウイルスであったため、
この3種類のウイルスについて、上述の方法論でサージカルマスクの効果が確かめられました。
ここでいうサージカルマスクというのは一般的に市中に出回っている不織布マスクと考えてよいと思います。
サージカルマスクの場合、その編み目の隙間構造上、5μm以上の飛沫は補足できるけれど、5μm未満のエアロゾルはすり抜けて補足できないと言われています。
今回の研究ではその話が確かかどうかも確認しようとしているというわけです。結果は以下の通りです。
【飛沫からのウイルス検出率】
(マスク無し)
コロナウイルス 30%(3/10人)、インフルエンザウイルス 26%(6/23人)、ライノウイルス 28%(9/32人)
(マスク有り)
コロナウイルス 0%(0/11人)、インフルエンザウイルス 4%(1/27人)、ライノウイルス 22%(6/27人)
【エアロゾルからのウイルス検出率】
(マスク無し)
コロナウイルス 40%(4/10人)、インフルエンザウイルス 35%(8/23人)、ライノウイルス 56%(19/34人)
(マスク有り)
コロナウイルス 0%(0/11人)、インフルエンザウイルス 22%(6/27人)、ライノウイルス 38%(12/32人)
ちなみにそれぞれのウイルスの大きさは次のように言われています。
コロナウイルス100- 200 nm程度
インフルエンザウイルス 80-120nm程度
ライノウイルス 30nm程度
この結果でどうしても注目されるのは、コロナウイルスのマスクによるウイルスカット率です。
マスクでカットできるとされる飛沫内のウイルスが、マスク無しだと30%の人に観察されたのに対して、マスク有りだとそれがなんと0%だったということです。
しかも従来マスクではカット不能だと言われていたエアロゾルの中のウイルスも、マスク無しだと40%に観察されたのに対して、マスク有りだとこちらも0%となっています。
一方で、コロナウイルスより少し小さいインフルエンザウイルスはマスク無しで26%の飛沫内ウイルス陽性率だったのが、マスク有りだと4%に減っていて、エアロゾル内のウイルス陽性率はマスク無しで35%、マスク有りで22%と減少はしているものの、こちらは定説通りエアロゾルに対するマスクのウイルスカット効果が弱くなっている印象です。
そしてこの中で一番小さいライノウイルスでは、飛沫内ウイルス陽性率はマスク無しで28%、マスク有りで22%。エアロゾル内ウイルス陽性率はマスク無しで56%、マスク有りで38%。インフルエンザよりもさらにマスクによるウイルスのカット率が悪くなっている印象です。
すなわち、ウイルスの径が大きくなるにつれ、マスクがウイルスをカットする率も高くなると。
とりわけコロナウイルスの大きさ、100−200nmくらいの大きさのウイルスであればマスクによる侵入防止効果がある、という結論となっています。
今までさんざんマスクによるウイルス感染予防効果は不確かな状況であったにも関わらず、ついに厳格な研究によってマスクの効果が証明されたかという風に思ってしまいそうです。
しかし、まずこの研究結果について見方を変えると次のようなことがわかります。
①マスク無しでも60−70%の人は30分間集中的に集塵してもコロナウイルス粒子は検出されない
②ライノウイルスに対するマスクによるウイルス侵入防止効果は少ない
③(マスクなしの場合)どのウイルスも飛沫中よりもエアロゾル中に多くウイルス粒子が含まれる
④コロナウイルスとインフルエンザでは飛沫とエアロゾルが集塵できた数が同数なのに、ライノウイルスではなぜか飛沫の集塵数とエアロゾルの集塵数が異なっている
今回示されたのは、径100nmくらいのウイルス粒子であれば、マスクによって通過する量を抑えることができるという可能性です。
特にコロナウイルスのマスクあり群での0%がインパクト強いわけですが、よく見るとコロナウイルスの対象者は10−11名と他のウイルス対象者(インフルエンザウイルス23−27名、ライノウイルス27ー34名)と比べて数が大分少ないです。
マスク無しでもウイルス粒子が排出されないケースが60−70%程度あることを踏まえますと、コロナウイルスの対象者はたまたま飛沫、エアロゾル中にウイルス粒子がないケースを見ていただけという可能性も否定できません。
コロナウイルスとインフルエンザのウイルスの大きさはそれほど大差があるわけではないので、おそらく対象者数を増やせばマスク有りのウイルス検出率は0%ではなく、インフルエンザウイルスと同程度には近づくことが十分予想されます。
せめてインフルエンザやライノウイルスの対象者数と同数でないとその可能性が否定しきれないのではないかと思います。
一方で、マスクで直接補足しているのはウイルス粒子そのものではなく、ウイルス粒子を含む飛沫やエアロゾルではないかと思うので、
別にコロナウイルス、インフルエンザ、ライノウイルスの径が少々違ったところで、飛沫、エアロゾル内に十分収まる大きさであるはずです。
従って、コロナウイルスでマスクによるウイルスカット効果が示されるのであれば、他のウイルスでも同様にウイルスカット効果が示されないとつじつまが合わないようにも思うのです。
ただし、Gesundheit Ⅱは1滴1滴の飛沫やエアロゾル内にウイルス粒子があるかどうかを調べているわけではなく、あくまでも5μm以上と5μm未満で水滴を分けて、その集塵した集合体としての液体の中にウイルス粒子がどの程度あるかを調べていますので、
調べたウイルスは必ずしも飛沫やエアロゾル内に存在していたウイルスではなく、それらの水滴外で空気中に浮遊していたウイルスを見ていた、という可能性もあるでしょう。
その場合、コロナウイルスではなぜかはわからないけれど飛沫やエアロゾル内にウイルスが存在する割合が多かったということになります。同じかぜ症候群の原因ウイルスであるインフルエンザウイルスやライノウイルスでそうならなかった理由は不明です。
そういう意味でも疑問の残る研究結果ですが、ここでは何らかの理由でコロナウイルスだけが飛沫やエアロゾルに留まりやすかったと仮定して話を進めます。
ということは少なくともライノウイルスに関して言えば、マスクによる予防効果は不十分であるということが証明されたとも言えるのではないかと思います。
かぜの原因ウイルスはコロナウイルスだけではありません。ライノウイルスのようなピコルナウイルス科と呼ばれるグループに属する径30nm程度のウイルスはライノウイルス以外にもコクサッキーウイルス、エンテロウイルス、エコーウイルスなどたくさんあります。
要はかぜ症候群の原因となるウイルスの中でマスクでカットできるのは径100nmよりも大きいグループのみであり、
それも数を減らすだけで、完全にウイルスが入るのを防ぐことはできないと考えるのが妥当な研究結果ではないかと思います。
しかし数を減らすのでも、発症予防に確かな効果があるではないかと思われるかもしれません。
ただ、実際のところウイルスが何コピー存在すればウイルス感染症を発症するのかという数字はわかりませんし、人によっても変わってくるであろう数字です。
少なくとも「ウイルスの付着=発症」ではありません。ウイルスがそこにたくさんいたとしても発症しない人もいれば、少しでもウイルスが発症してしまう人もいるわけです。
その少しでもウイルスが入ればウイルス感染症を発症してしまうような人に対して、マスクを装着したところで多少入ってくるウイルスの数が減ったところで、それはやっぱり意味のない行為になってしまうのではないかと私は思うのです。
少なくともマスクには飛沫や5μmに近いエアロゾルを補足してその水滴内のウイルスの量を減らす効果自体はあると考えてよいでしょう。この結果からはそれが言えると思いますし、原理的にもマスクの隙間が5μm程度であるところから理解できる現象です。
問題はそのマスクをつけてウイルスの数を減らす行為が本当にウイルス感染症の発症を予防できているのかどうかということです。大事なのはそこなんです。
しかも考えてもらいたいのは、あくまでもこれはGesundheit Ⅱという集塵機で密室内で30分限定で集中的にマスクを装着して得られた結果です。
現実の世界で誰がそこまで厳格にマスクを装着し続けることができているでしょうか。Gesundheit Ⅱでの状況よりも現実世界はマスクによるウイルス補足効果は弱いと考えて然るべきです。
一方で「マスク熱中症」という言葉も生まれてきたように、マスクをつけることによる明らかな弊害があります。
ウイルスが感染し重症化する人は少しでもウイルスが身体に入ればそうなるのかもしれませんし、もしかしたら日和見感染症がそうであるように普段は悪さをしない常在ウイルスが悪さをしている可能性さえあるかもしれません。
そうなるとやるべきことは入ってくるウイルスの量をせっせと減らすことではないのではないでしょうか。
不確かなマスクによる感染症予防効果と、確かなマスク装着による健康上のデメリット、きちんと天秤にかけて判断できているでしょうか。
さらには、あれだけ「飛沫感染」「接触感染」しかしないと言われてきたコロナウイルスが、エアロゾル中に普通に存在しているのであれば、「空気感染」してもおかしくないということまでこの研究結果は示しています。
この見えないウイルスの世界はそれまで常識だと考えられてきたことが次々と覆されてきているという事実を認識しておく必要があると私は思います。
そしてなぜライノウイルスだけが飛沫とエアロゾルの集塵数が異なっているのでしょうか。厳密に実施された研究だということは理解できますが、よくよく見ればこのような穴も見受けられる研究です。
多くの人はこの研究結果をマスクの予防効果が証明されたと評するかもしれませんが、
私に言わせれば、この研究結果はマスクの予防効果の限界を示したと言うべきものです。
もっと言えば、症状のある人さえ60−70%は呼気中にウイルス排出がないのですから、
無症状の人にすべからくマスク装着を勧める意義を失わせる研究であるとさえ感じるところです。
一番の問題はマスクの効果が明らかではない状況であるにも関わらず、
科学の名の下にマスク装着を勧めるような風潮だけが先行して世界中に広まってしまい、
効果の不確かなマスクを装着することが新しい文化として定着してきてしまったところにあると思います。
私に言わせればこれは明らかに科学の暴走です。
とてもではないですが、科学的に冷静な判断が下されているとは思えない状況が続いていると思います。
たがしゅう
※今回のブログ記事は西伊豆健育会病院の仲田和正先生の公開資料を大いに参考にさせて頂きました。この場を借りて御礼を申し上げます。
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プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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マスク着用は科学的に冷静な判断だと思いますけど
冒頭、太字になっているAbstract部分には、
Our results indicate that surgical face masks could prevent transmission of human coronaviruses and influenza viruses from symptomatic individuals.
と書かれています。
先日のハムスターでの非接触感染モデルを用いて不織布フィルタ介在による感染予防効果を示したChanらの論文のように、集塵機の入口に不織布フィルタを設置して、定められた空間の飛沫・エアロゾルを回収するような検討は行われていません。
この論文で検討されているのは、感染者から呼気とともに環境中に放出されるウイルスの混じった飛沫やエアロゾルを、マスク着用によってどのくらい抑えることが出来るかという点です。
現在の国内感染者の多くが無症候感染者である以上、意図せず他人に感染を広げないよう日常的なマスク着用を心掛け、環境中のウイルス量を増やさない努力を続けていくことは、季節性インフルエンザのようなワクチン・治療薬等がない現状で各々ができる感染拡大の抑制策の一つであり、それを推奨することは暴走ではなく科学的に冷静な判断に基づいており、公衆衛生学的にも十分意味があると、私は思います。
社会的距離の確保、フェイスマスクやゴーグル着用の感染予防効果に関してメタアナリシス等を行ったChuらの報告を読みましたが、打つ手がない今、先生が指摘されるマスク着用の弊害を問題視するよりも、マスク着用による有益性のほうが上回っているような印象を受けました。(https://doi.org/10.1016/)
一方、特殊なレーザー光を当て対象者から放出される飛沫をカウントしたFischerらの報告では、手作りマスク着用でも飛沫の飛散防止効果があるようで(https://advances.sciencemag.org/content/early/2020/08/07/sciadv.abd3083)、スパコン富岳による飛沫拡散シミュレーションの結果でも同様な傾向がみられたそうです(https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/1272611.html)。
数理モデルから得られた結果を参考とする姿勢を、先生はきっと訝しく感じられるのでしょうね。
リンクエラーの論文について
上記がダメなら、以下に挙げるPubMedのページからFull-textを拾って読まれてみてください(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32497510/)。
蛇足ですが、論文が掲載されているURLを探している作業中、COVID19医療翻訳チーム(COVID19-JPN.COM)というところが、それを日本語に翻訳して紹介されているページに辿り着きました。英語で書かれた原文にアレルギーがある方は、こちらを参照されてください(https://covid19-jpn.com/lancet0601/)。
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