環境適応行動も行き過ぎると環境破壊的になる

2023/04/16 19:00:00 | がんに関すること | コメント:0件

前回、がんを決定的に判断するための病理学的診断というのは、

基本的に「細胞」の見た目、顔つきを正常パターンと比べてどのくらい外れているのかを判断する行為であって、

がんだと病理学的に診断して手術を行う行為は、まるで外見がいかにも不良っぽい生徒を、その見た目だけで将来の犯罪予備軍だと決めつけて排除するような行為だという話をしました。

ただ実はそれは逆も然りで、「いかにも真面目そうな生徒が、将来的に犯罪を起こすことがある」ということ、

つまり見た目が正常パターンの「細胞」であるにも関わらず、がん化のサインが遺伝子上で認められているということが近年の基礎医学研究でわかってきました。



実験医学 2023年4月 Vol.41 No.6 クローン進化 病の起源を探る〜がんの不均一性はなぜ生まれるのか 
正常組織はいつ・どこで変異を獲得するのか 単行本 – 2023/3/24
小川 誠司 (その他)


こうなると余計に見た目だけでがんだと判断して手術まで行っていいのかという話になってしまいますが、

まずはこの話を理解するために「正常組織におけるクローン拡大」という概念を説明したいと思います。 まずは上記の特集に載せられていたこちらの図をご覧下さい。

多段階発がんモデルとクローン選択

人体を構成する全ての「細胞」は起源をたどると1個の受精卵から始まっています。

その受精卵が分裂・増殖を繰り返しながら、遺伝子によって方向づけられたそれぞれの臓器・組織の特定の「細胞」へと分化していき、最終的に人間の身体を形作っていくという流れがあります。

そうして身体の大きさがこどもから成人へと大きくなったところで、サイズ的には大きくならないものの、ほとんどの「細胞」はいわゆる新陳代謝で増殖と死滅を繰り返しながら、動的平衡状態を維持していきます。

そうした流れの中でたまに「ドライバー変異」と呼ばれる遺伝子変異が起こることがあります。

このドライバー変異は置かれた環境に応じて生存や増殖にとって有利な変化を「細胞」にもたらすためのものだと解釈されていて、

そのドライバー変異を起こした「細胞」を中心にまた新たな「細胞」群が形成されていき、臓器や組織の環境適応へとつながると考えられています。

そしてその適応の仕方は大きく2つあると考えられています。1つは「細胞増殖能を獲得する適応」、もう1つは「細胞死への抵抗能を付与する適応」です。

そしてこのドライバー変異が年齢を積み重ねていくにつれて、変わりゆく生活環境の中で次第に積み重なっていき、

その増殖能と抵抗能の2つの観点で「細胞」が適応し続けていく結果、「がん」へと変化していくという説が確かめられてきているそうなのです。

ですので、年をとって肝臓も腎臓も膵臓も全身のあらゆる臓器・組織も、同じような形をしているように見えても、そこは最初に受精卵由来で発生した生態系(エコシステム)の状態から、

実際には部分的にドライバー変異を受けた細胞群へと置き換わってきているということです。

そのドライバー変異が積み重なり続けた結果、「がん」へと変化していくということであれば、「がん化」もその起源は環境適応にあるということは理解できると思います。

しかし医学の常識では「がんは病気」「がんは敵」ですから、最初は環境適応のためのドライバー変異が、いつからがん化へとつながるのかということに研究者の関心は向いているし、ドライバー変異をどうにかコントロールしようという発想で研究が進められているようにも思えますが、

私は最初から最後まで環境適応変化だと思います。ただ環境適応変化も行き過ぎると環境破壊的な結末をもたらすということだと思います。

例えば誰かにマッサージをするとします。受ける側の人がマッサージの力が弱いと感じれば、環境適応的にマッサージの力を強くすれば調和が得られるかもしれません。しかし力を加える行為がいかに環境適応的だからといって、度を超えて力を強くしてしまうと破壊的な行為になるでしょう。

近年のコロナの感染対策もそうでしょう。異物(病原体)が漂う環境に適応するために感染対策を強め過ぎるとロックダウンが都市崩壊的になったり、経済破綻的になったりするように環境適応行動がかえって環境破壊的になってしまいます。

ただだからと言ってマッサージの力が弱すぎても、全く感染対策をせずに異物が入り続ける状況になっても環境には適応することはできません。

ですので、ドライバー変異そのものを防ぐ方針は私は間違っていると思います。ドライバー変異自体は環境適応的に必要なものです。言い換えれば「細胞」をがんへと導くプロセス自体を否定しない方がいいと私は思います。

大事なことは何がドライバー変異をもたらし、どうすればそれが行き過ぎなくて済むのかということを考えることだと思います。

前掲のモデル図にもあるようにこのドライバー変異をもたらす要因として、タバコ、アルコールに並んで「炎症」の存在が指摘されています。

「炎症」自体は損傷した組織の修復のために必要不可欠なプロセスで、まさに環境適応変化です。しかし炎症が起こりすぎてしまうと環境破壊的になることもよく知られています。

がん化へとつながるドライバー変異も環境適応のために必要不可欠なプロセスですが、ドライバー変異が起こり過ぎてしまうと環境破壊的になってしまうという風に共通構造があるわけです。

冒頭のクラスの生徒の見た目の話でたとえれば、見た目が悪いだけで排除せず、見た目が良いからといって問題なしとも決めつけず、クラスの秩序が卒業まで保たれ続けるようにするには、どのような関わり方をするべきか、という視点で考える必要があると思います。

決して誰がクラスの秩序を乱す犯人なのかを、精密に調べて排除へとつなげるような対処をすべきではないということです。

逆に言えば、現在のがん医療は「誰が犯人なのか明確に決めることができる世界でのみ正当性のあるアプローチ」だとも言えるかもしれません。

今人体を学校のクラスに例えて考えてみましたが、ではクラスで言えば犯罪が起きないような関わりを考える行為を、人体で言えばどのようにすることだとリンクさせることができるでしょうか。

「細胞」の見た目では決めつけられない、関わり方で「細胞」の在り方は変わる、しかし関わり方を間違えば環境破壊的にもなる、


その辺りをヒントにどうすれば「細胞」が環境破壊的に変化しなくて済むか引き続き考えていこうと思います。


たがしゅう
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