「幸せな低酸素血症(happy hypoxia)」熟考

2021/10/05 08:55:00 | お勉強 | コメント:0件

コロナですっかり有名になりましたが、

指に装着することで、血液中の酸素飽和度を調べることができる「パルスオキシメータ」という医療機器があります。1985年頃から普及し出したまだ歴史の浅い医療機器です。



酸素飽和度というのは、「血液中における赤血球内の酸素の運び屋たるヘモグロビンのうち、何%が実際に酸素と結合しているか」を示す数値です。

一般的にはこれが92%以上あれば正常範囲で、全身へくまなく酸素が運ばれている状態だと考えられています。

いわゆる「バイタルサイン(生命徴候)」と呼ばれる重要データのひとつで、それが指に小さな機械を挟むだけで痛みもなく測定できてしまうというわけですから、大変便利です。

コロナにかかると、実際には肺炎などの理由で酸素飽和度が下がっているにも関わらず、なぜか自覚症状としての呼吸困難感を感じにくいという「happy hypoxia(幸せな低酸素血症)」という現象があるということが知られており、

その「happy hypoxia」を効率的に検出するために「パルスオキシメータ」を使用するとよいということで話題になったわけですが、一方でこの「パルスオキシメータ」には弱点もあります。 それは臨床現場でよく遭遇する出来事なのですが、例えば手足がとても冷えている人で「パルスオキシメータ」を装着しても数値がきちんと測定されないことがあります。

時間をかけてようやく測定できたと思っても、その数値が実際の酸素飽和度よりも低い数値を反映してしまうこともあります。

なぜそんなことが起こるのかについては、この「パルスオキシメータ」の測定原理を知ると理由がわかります。

「パルスオキシメータ」は、その機械を指にはさみ、まずはさんだ部位に赤色光(波長660nm付近)と赤色外光(波長940nm付近)という2種類の光を当てます。

そのはさまれた部位の中には血管、組織、骨などがあるわけですが、その中で唯一動きが見られているのが血管内の血液です。

光を出してそれが組織の中でその光をどの程度吸収され、出した状態からどれくらい減っているか(吸光度)によって、その中の組織がどのようなものであるかを推定することができます。

そして血液中の酸化ヘモグロビンと非酸化ヘモグロビンは、赤色光を当てられた時の吸光度と、赤色外光を当てられた時の吸光度に違いがあります。

この吸光度の違いを連続的に数値データとして検出することによって、事前に算出した吸光度差と酸素飽和度との関係曲線に機械が瞬時に照らし合わせて酸素飽和度をリアルタイムに検知することができるという仕組みです。

ただ吸光度を測定すると言っても、赤色光での吸光度と赤色外光での吸光度に変化がなければ、吸光度のみではその相手が何の組織を表しているのかを知るのは困難です。そこで注目するのが骨や組織などの静的な部分ではなく、流れる血液の動的な部分です。

特に流れの遅い静脈血の部分ではなく、心臓からの拍動を反映する動脈血の部分、とりわけ指先の場合は「脈波」と呼ばれる動脈の圧力が毛細血管に伝わって発生している微小な血管の拍動による動きの部分が重要となります。

「パルスオキシメータ」の「パルス」とは「脈」の意味です。この機械がはさむ指先の中で大きく吸光度が変動している部分は「脈波」しかありませんので、その「脈波」内で吸光度を変化させる主要な物質としてはヘモグロビンの酸化の有無ということしかない、というわけです。

ちなみに、この「パルスオキシメータ」の正確性を確認するために、健康な人はこれを指に装着した状態でしばらく息止めをしてみるという簡単な実験方法があります。測定結果を表示するのに5秒程度のタイムラグはあるものの、息を止めて苦しい状態になると即座に酸素飽和度の数値が90%以下に下がっていくのを確かめることができます。


さて、話を元に戻して、「パルスオキシメータ」は手足が冷えている人では数値が検出されにくいという特徴があります。

これは冷えている人においては毛細血管が収縮しており、「脈波」がうまく作られないが故に動的な部分が少なくて起こる現象だと言われています。

この現象は周りの環境が寒いという理由だけで起こるわけではありません。人間が緊張や不安を感じた時に働く交感神経過緊張の状態でも起こりますし、動脈硬化が進行して血流がすみずみまで行き届きにくくなることでも起こりえます。

冷えているから血管が収縮しているのか、血管が収縮しているから冷えているのかに関しては、どちらが原因で、どちらが結果なのかをしばしば混同しやすいので注意を要します。

ただそのことを踏まえますと、コロナにおける「happy hypoxia」を検出する際に「パルスオキシメータ」を活用する際にひとつ注意しなければならない点があることに気づきます。

それは「コロナでは著しい不安・恐怖にさらされている場合があり、その不安・恐怖が交感神経過緊張状態をもたらし、毛細血管を収縮させてパルスオキシメータの精度を下げてしまう恐れがある」ということです。

「パルスオキシメータ」の数値が全く出ない時はまだいいです。しかし、脈波検出が不十分なせいで数値が85%などと実際よりも低い数値として出てしまった場合、その数値を鵜呑みにしてしまうと「自分は知らないうちに酸素不足になってしまっているのか」とさらなる不安・恐怖の元になってしまう可能性があります。

つまり、この不安・恐怖に伴う交感神経過緊張状態が、「happy hypoxia」の一因となる自覚症状と他覚所見の乖離を生み出している可能性があるということです。

ただ、実際の「happy hypoxia」の症例報告を読んでいると、単に「パルスオキシメータ」での酸素飽和度が低いだけではなく、より正確な「動脈血ガス分析」という医師により実施される動脈から採取した血液で、血液中の酸素分圧を調べる方法で酸素化ヘモグロビンの量を測定しても、やはり基準よりも大幅に低い状態が証明されるということが書かれています。

なので、不安・恐怖状態における「パルスオキシメータ」の単なる精度の問題だけではなく、

他覚的に確認される低酸素状態に実際に陥っているにも関わらず、自覚的な呼吸困難感を生じにくいという現象は存在していると考えてよさそうです。

この「happy hypoxia」という現象は、コロナで初めて確認された現象なので、この現象があること自体も「コロナ」というものが実在するウイルス感染症であるという根拠のひとつとして考えられるかもしれません。

しかし私は以前にも考察したように、「happy hypoxia」のように自覚症状が問題なく他覚所見に問題がある状態が生じうるのだとすれば、それは急激に著しいストレスにさらされて自覚症状の検出力がおおいに鈍った場合しかありえないと考えています。

「ストレス誘発性鎮痛(Stress-Induced Analgesia:SIA)」と呼ばれる現象もあります。戦時中にパイロットが負傷しているのも忘れうまく着陸した話や、競技中の選手が負傷していても痛みを感じないという事実にはこれが関わっていると言われており、

そのメカニズムとして、急激なストレス負荷によって脳下垂体からACTH(副腎皮質刺激ホルモン:コルチゾール分泌を最上流で誘発するホルモン)やβエンドルフィン(内因性オピオイド;脳内麻薬)が遊離するためだということが言われています。

それがもたらされるのであれば、ストレス誘発性無「呼吸困難」状態が存在しても全く不思議ではないように思われます。


ついでにもう一つ、東洋医学の中で「瘀血(おけつ)」と呼ばれる概念があります。

これは一言で言えば、「毛細血管内での血流が阻害された微小循環障害」のことですが、この「瘀血」にストレスが関わっているであろうことは様々な場所で言われています。

そしてこの「瘀血」を科学的に検出しようと、鹿児島大学の丸山征郎先生らの研究グループが、いわゆる「瘀血」状態にあると東洋医学的に判断された人の「脈波」がどうなっているかを研究されている結果がネット上に公開されていました。

その結果を簡単にまとめると、「瘀血」と判断するための「瘀血スコア」が高ければ高いほど、「脈波」の変動は少なくなるという結論が示されていました。


つまり、今回の話をまとめるとこういうことです。

コロナで初めて観察された「happy hypoxia」という現象は、私達の不安・恐怖感情がかつてないほどにかき立てられたが故に観察されるようになった現象なのだと、

インフォデミックによって大きく増幅された不安・恐怖感情は、交感神経の急激な過緊張状態をもたらし、末梢血管が収縮し続け毛細血管の脈波が減少し、

「パルスオキシメータ」での酸素飽和度が検出されにくくなって、その低く見積もられた数値誤情報でさらに不安・恐怖は増幅し、「ストレス誘発性鎮痛」と同様のメカニズムが働くことによって内因性オピオイドの分泌が促進されて呼吸困難を感じにくくなり、

限界まで困難克服のための鎮痛・呼吸苦回避状態が刺激され続けた結果、あるとき緊張の糸がプツンと途切れるように全システムがシャットダウンしてしまうと。

コロナの自宅療養者が、療養中に急激な経過で亡くなるという報道がなされる背景には、コロナ状態になった患者のそうした生理学的・心理学的な背景が関わっているのではないかと私は考える次第です。


たがしゅう
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