内因あってこその外因

2017/10/23 00:00:01 | 栄養 | コメント:2件

本のタイトルというのは大事なもので、

私は本屋さんに立ち寄った時にタイトルに惹かれて衝動買いしてしまう事がよくあります。

これはネットショッピングのアマゾンでも同じ事が起こります。

立ち読みできないのがネットショッピングの難点ですが、タイトル一発勝負ならネットの情報だけでも十分だからです。

先日もそんな感じで衝動買いしてしまった下記の本を読んでいました。



こわいもの知らずの病理学講義 単行本 – 2017/9/19
仲野徹 (著)
するとたまたま目に止まったページには次のように書かれていました。

(以下、p137-138より引用)

【貧血の研究とノーベル賞】

ずいぶんと昔ですが、1934年に、ウィップル、マイノット、マーフィーという3人の血液学者が

「貧血に対する肝臓療法に関する発見」でノーベル賞に輝いています。

ちょっと面白いエピソードなので、貧血のおさらいがてら紹介してみます。

ウィップルは、定期的な瀉血をおこなって慢性貧血にした犬を用いて、

どんな食事が貧血の改善に効果があるかを調べていました。

その結果、肝臓がいちばん有効であることを見つけました。

ここまで読んで頂いていたら、何がおこったかわかっていただけると思います。

瀉血で生じた鉄欠乏性貧血が、鉄をたくさん含む肝臓を食べて治った、というわけです。

しかし、このころは、まだ、鉄欠乏が貧血を来すことすらわかっていませんでした。

さすがに、これだけではノーベル賞はもらえなかったでしょう。

この研究にヒントを得て、マイノットは、マーフィーと共に、悪性貧血の患者45名に生焼けの肝臓、2分の1ポンド(約240g)を食べさせます

すると、42人のうち11人が死亡しましたが、31人が治癒しました。

ほぼ100%が死に至る悪性貧血でしたから、画期的な治療法が開発されたということになります。

これでノーベル賞です
。メカニズムもなにも解明されたわけではありません。むっちゃちょろいですよね。

しかし、いかに単純とはいえ、致死的な病気の画期的な治療法を発見したのですから、当然のことかもしれません。

これについての話をもう少し続けましょう。

正常人は、別に生焼けの肝臓を食べなくても悪性貧血にはならないのです。

そのことから、キャッスルという血液学者は、悪性貧血の患者では、消化過程に何らかの異常があるのではないかと思いつきます。

まず、キャッスルは、悪性貧血の患者に生焼けのハンバーグ200gを食べさせてみましたが、改善は認められませんでした

次に健康な人に普通のハンバーグを食べさせ、一時間後に胃の内容物を取り出し、悪性貧血の患者に与えました。

いってみれば、ハンバーグのゲロを患者に与えたわけです。

うわっ、すごすぎっ、と思われるかもしれませんが、もちろん、食べさせたわけではなくて、胃チューブを介して与えたのです。

すると、症状の改善が認められました。見事に予想が当たったわけです。

健康人の胃液を与えただけでは反応がないので、胃液がハンバーグの中にある何かと作用することが重要で、

胃液と肉に存在する因子をそれぞれ「内因子」、「外因子」と名付けた
のです。

内因子というちょっとへんちくりんな名前は、このことに由来します。

外因子は、後の研究によって、ビタミンB12であることがわかりました。

(引用、ここまで)


83年前のノーベル賞の話ですが、今のノーベル賞のイメージとはだいぶ違う印象を受けます。

今のノーベル医学生理学賞はオートファジーやiPS細胞のように、病気のメカニズム解明に迫る基礎研究に対して与えられる事が多いですが、

当時は実際の患者さんを相手に行う臨床研究に対してもノーベル賞を与える価値が見出されていたのですね。

それで行けば糖質制限の臨床効果はよほどノーベル賞ものだと思いますが、それはさておいておくとして、

温故知新とはよく言ったもので、昔の研究であっても学ぶべき所はあるものです。

この引用文の中で私が注目するのは以下の2点です。

①貧血の改善に鉄やタンパク質、ビタミンなど栄養素が多い肝臓を摂取することが有効だが、全員が全員効果を示しているわけではない
②肝臓を食べても貧血が改善しない患者に、正常人の胃液と併せて摂取することで貧血が改善する場合がある


この事が何を意味しているかというと、栄養素の補充が有効となるためにはそれが働くための体内環境作りが不可欠だということです。

この例ではビタミンB12の吸収に際して胃壁細胞から作られる内因子(Intrinsic factor)という物質が胃液に含まれていた事によって、

肝臓を単独で補充した際には効果が出なかったビタミンB12欠乏によって起こる悪性貧血の患者が、

胃液とともに肝臓を摂取することで内因子も手に入るのでビタミンB12を吸収する事ができ貧血を改善したという話ですが、

調べてみると他にもビタミンB12の吸収に必要な物質としてハプトコリンという唾液腺から分泌されるタンパク質も重要だったりします。

これらは本来患者自身の身体が分泌していて然るべきものですが、何らかの理由でそれが分泌できていないことが病気の発症に関わっていると言えます。

逆に言えば胃液や唾液といった消化吸収をスムーズにさせるための身体の内因系システムがきちんと機能していない状況においては、

ビタミンや鉄分やタンパク質の補充療法は効果不十分に陥る可能性があるということです。

これはやせ型の人が糖質制限で高脂質・高タンパク質食を心がけていてもなかなか体重が増えないという現実で観察される現象の理由を説明している部分があるかもしれません。


では何が身体のシステムが機能するのを邪魔しているのでしょうか。

ビタミンB12の話で言えば、萎縮性胃炎が原因の一つです。

胃での炎症が制御できずに繰り返された結果、胃の細胞が萎縮して機能低下に陥った状態です。

これと同じようなことは全身にも当てはまるように私は思います。

即ち全身における微小炎症が繰り返され、それが制御できなければ各部位の細胞が機能低下に陥っていくということで、

これはやせ型の人でアレルギー疾患、自己免疫疾患、線維筋痛症などの難治で炎症が関わる病態が多い事実とリンクします。

言い換えれば、「内因性システムの働きが、外因性の栄養物質の利用に不可欠」だということです。


私達の治療の発想はついつい壊れた機械の部品を埋め合わせるが如くプラスの発想に傾きがちですが、

そもそも電池がなくなりそうな所にいくら新しい部品を足しても機械がうまく働かないのと同じように、プラスしても治療効果が出ない場面もあると思います。

そして人体は機械と違って電池交換ができるわけではありません。人体にとっての電池は細胞に残された生命力です。

それまでの人生で炎症などの侵襲にさらされてどれだけ生命力が残っているかによって治療の有効率はおそらく大きく左右されます。

生命力をいかんなく発揮してもらうためには、それを邪魔する因子を極力排除するマイナスの発想が不可欠ですが、

残っている生命力が弱過ぎれば、増悪因子を取り除いても回復できないという事もありえると思います。例えば老衰の末期の状態がそれです。

そのように生命力が残っていない状態ではヒトは病気に対してもはやなす術がないのかと諦めそうになりますが、

時に非常に冷えていてやせ型の生命力乏しい患者さんの下痢症状に真武湯という漢方薬が効いて元気が復活したり、

抗がん剤の治療で生命力が極端に奪われて消耗している患者さんに十全大補湯や人参養栄湯といった漢方薬で少し活気や食欲が戻ったりする症例を時折経験する事を思うと、

漢方薬が消耗した内因系システムを少しばかり賦活できる可能性は残されているかもしれません。

いずれにしても栄養素補充だけでなく内部環境を整える視点も大事にしたいと思います。


たがしゅう
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コメント

連鎖

2017/10/23(月) 09:51:36 | URL | だいきち #-
身体の見えなシステムをわかりやすく教えて頂き、いつも感謝しています。

こう観ると、「風吹けば桶屋がもうかる」ですね。

一見無関係なあらゆる出来事が、実はお互いに作用し合っていて、一つ一つは小さいけれども、俯瞰的に観ると大きな作用を生み出している。

であるならば、大元を変えなければ最終段階は変わらない訳で、そこにマイナスの発想を用いるのですね。

という事は、万病の解決には断食や糖質制限という考えは腑に落ちます。

Re: 連鎖

2017/10/23(月) 16:30:17 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
だいきち さん

 コメント頂き有難うございます。

> 一見無関係なあらゆる出来事が、実はお互いに作用し合っていて、一つ一つは小さいけれども、俯瞰的に観ると大きな作用を生み出している。

 そのように思います。

 レヴィ=ストロースの「構造主義」について学ぶと、
 一見無関係なことが実は関係していたり、同じ構造を持っていたりという事が理解しやすくなります。

 2017年1月20日(金)の本ブログ記事
 「一度分解して本質を見る」
 http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-847.html
 も御参照下さい。

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